私が今死んだら、絶対に化けて出てやりたいことはやっぱり…

なんて人生だ。つまらない人生だ。なにも楽しくない人生だ。よくここまで耐えてきたねと自分を褒めてやりたいぐらいです。こんなに悔いが残る人生を過ごしてしまったら、もし死んでしまったときは、絶対に化けて出ることに自信があります。

絶対に化けて出てやる!と心の中で誓っている

いったいどんなことを誓っているんやって自分でも思いますが、ここまで人生楽しくないとついつい思ってしまうんですよね。

もし、自分が死んでしまったときは、天国でも地獄でもない、まだ、地上にいて化けて出てやるつもりです。

そして、化けて出て、周りの人に絶対迷惑をかけてやろうと考えています。生きている間は、まだ心は優しい状態で、絶対に周りに迷惑をかけずに過ごしています。

家族、友人、知り合い、全ての人に迷惑をかけずに、そして、良いことも積極的にしています。そう、少しでも運気を上げて、今の人生を少しでもよくするためです。

よくするために、無理やっていてはだめです。自然に良いことをする、迷惑をかけないようにすることが大事。今そこそこ頑張っているので、死んで、化けて出たときぐらいはめちゃめちゃにしてやろうと思っています。

マジでめちゃくちゃにしてやります。史上最強の幽霊となって意地悪しまくってやります。全然私と関係ない人、友人も、家族も全部めちゃめちゃにしてやります。

人生めちゃめちゃにされた人は絶対に真っ先に

人生が元から何一つうまくいっていませんでしたが、うまくいきそうと思った時期もありました。「私今まで人生最悪だったけど、もしかしたら上向きになるかも…」そう思っていた時期がありました。

「しかし完全に裏切られた」のです。しかも、私が一番してほしくないことをして裏切りました。

高校生のときに私は最悪なことをされて裏切られた経験があります。そして、その裏切り行為を大人になっても同じことをされてしまったのです。

学生時代の頃の裏切った人はもう許しました。後からしっかり誤ってきましたし、お礼も言われました。

大人になって裏切った人は、一ミリも許しません。絶対に許しません。マジで許しません。

ただ、何もできることはないし、私が死んでから呪うしかないのです。

マジで幸せな生活を送っている人は全員不幸にする

人生楽しそうに生きていても、裏で苦しんでいる人もいます。しかし、めっちゃ幸せ、不自由なく、人生の謳歌している人だっています。

生まれたときから、大した苦労もせず、最高に楽しんでいる人ですね。そういった人はプラス思考がうんたらかんたら綺麗事を言う人もいるかもしれませんが、地上で人生を楽しんだ場合は、地獄に落ちると私は思っています。

地上で不幸な生活を送っている場合、もし死んで、転生したら最高に幸せな生活を送らせてくれるでしょう。

お金持ち、恋愛もうまくいっている、家族、友達などすべてにおいてうまくいっている人がいます。そういった人は片っ端から呪っていきます。

命まで奪おうとは思いません。命を奪ってしまったら、それで人生終了してしまいますからね。

ちょっとしたいたずらをしまくるのです。毎日やってしまうと、不運になれて免疫が付いてしまうので、3日に一回とか、毎日して、ちょっとだけ幸せな生活を送らせてまたどん底に送る。

これが一番精神的に来ることは実体験で分かっています。

ずっと不幸せな生活が続いていると免疫が付いてきてしまうですよね。私が実際にそう。

精神的な痛みはかなりなれてしまっています。肉体的の痛みは全くないので、ありがたいですし、肉体的に苦しまされるようなことがあれば、もう人生終わりでしょう。

人生詰んだ。諦めたら試合終了は嘘

人生が詰んでしまっている人もいます。諦めたら試合終了だとか、諦めずにプラスに考えていれば、いつかは幸せになるとか、今がどん底、後は這い上がるだけとか、これは綺麗事にしかすぎません。

人生今がどん底、後は這い上がるだけ。これは、絶対にないです。人生どん底なんて、自分でわかりませんし、言い聞かせてもまたどん底が来てしまった場合はどうでしょうか?

私も以前、この言葉を信じて人生生きてきた経験がありますが、人生どん底から少し這い上がってきましたが、そのどん底よりさらに底に落ちてしまっていますからね。

人生本当に詰んでしまった場合は、諦めずにプラスに考えるのではなく、もう人生諦めた方が早いです。

しかし、これだけは絶対に守ってください。まだ、人生は残っています。詰んでいるだけで、まだ人生は残っています。

絶対に自ら命を落とすようなことは、しないでください。

人生詰んだ、もう死のう。ではなく、人生詰んだ。楽しく過ごすこと、ここから這い上がって残りの人生過ごすとか、明るい未来は考えずに、諦めて、残りの人生を過ごすようにしてください。

正直楽しくありません、生きているだけで辛いかもしれません。死にたくなる気持ちも分かります。でも、死んだら神様の思う壺です。

死んで悲しむ人は一人もいないから、死んでもいいと思うかもしれません。私も悲しむ人は一人もいませんし、でも、このクソみたいなゲームに負けたくはないのです。

諦めたら試合終了。この言葉はすごいと思います。でも、諦めないといけない場合だってあります。

私がこの言葉を言い換えれるのだとしたら、諦めて、人生再開、もしくは、諦めて残りの人生という任務を全うするといった感じ。

私が死んでも悲しむ人はいないから死のう←無意味

生きているのがつらい。別に誰も悲しむ人はいないし、死んでもいいし。糞な人生を送っている人なら思うこともあるかと思います。

でも、よく考えてください。私が死んで悲しむ人が誰もいなかったら、死んでも意味がありません。

死んで喜ぶ人がいる、これも無意味、相手の思う壺。

死んで楽になれるかもしれませんが、でも意味のないことだったらしない方がましじゃないですか?

そして、自ら命を絶った場合、転生できないと私は思っています。

残りの人生楽しむのではなく、残りの人生適当に生きたら良いです。

適当に生きて、適当に死んで、適当に化けて、そこからが勝負。

化けてからが、一番楽しいと私は思っています。

今日はこのへんで。人生適当に生きてれば、適当に死ねるっしょ!w

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